ホテルにはコンシェルジュという仕事がある。利用客からのあらゆる質問や要望に応える存在だ。依頼の例としては店の案内や手配、旅行のプランニング、ビジネスの手伝いなど多岐に亘り、全てに丁寧に対応する。話し相手にもなる。
グランド ハイアット東京のコンシェルジュ、阿部佳さんは、慶應の卒業生だ。世界の一流コンシェルジュで構成される組織、レ・クレドールの現役名誉会員でもある。阿部さんはどのような人物なのか。この職業の魅力、必要な能力とは何か。
仕事の面白さを、阿部さんは「お客様にとってベストの状況は常に一つ。それを探って差し出すことが、楽しい」と語る。
相手が本当に望んでいることを見極め、最善を尽くす。物理的に実現不可能な依頼も舞い込むが、そのときは必ず代案を用意する。いずれの場合も相手の都合や心情を十分に推し量って対応するが、よくコミュニケーションの基本とされる「相手の立場に自分が立つこと」とは異なる。
阿部さんは「その考え方は、コンシェルジュとしては十分ではない。お客様はあくまでお客様であり、自分ではないから。必要なのは相手の立場に自分を置くのではなく、相手の気持ちになること」と話す。
一日300件ほどの要望が寄せられる中で最近阿部さんの印象に残ったのは「『桜前線の上昇と一緒に日本を旅行したい』というお客様」だ。桜がいかに短期間の花か、その咲き方がどんなに気まぐれか、また予想通りに桜が咲かない可能性も説明し、日本の春の様子を伝えながらプランをたてた。
後輩の指導では、どのようなことを心掛けているのか。「お客様によいと思えることを、後輩たちができる限りのびのびと自由にできるような環境をつくる。そしてそれを見守る。お客様に対する態度と同じように、彼らひとりひとりの行動の意図をきちんと読み取った上で接することも大切にしている」。
阿部さんは、かねてより“ひと”への興味を強く持っていたため、慶應義塾大学文学部社会心理教育学科教育学専攻に進学し、人間雑学を学んだ。これは仕事で非常に生されているそうだ。
また、塾生時代は演劇サークルに所属したほか、バンドを組み、キーボードやドラムを担当するなど、キャンパスライフを満喫した。女性がのびのびと過ごせる環境にも感謝しているという。
慶應で得たものの中で最もありがたみを実感するものは、視野が広がったことと人とのネットワークだと話す。在学中に繋がった人はもちろん、「慶應」をきっかけに新たに生まれる人脈も多いという。業務において人とのネットワークは必須だ。様々な人、店との個人的で幅広い関係が、対応の質を左右する。
コンシェルジュになるために大学で必要なことは、「本をたくさん読んで、人の話をたくさん聞くこと。そして何より、何をするにも一生懸命であること」。
おもてなしのプロの目は、いつでも輝いている。
(成田沙季)
*レ・クレドールとは
1929年にフランスにて発足された、ホテルのコンシェルジュの国際的ネットワーク組織。会員の持つ能力、知恵、知識などを結集させることで、サービスの向上と、コンシェルジュ一人ひとりの成長を実現することを目的としている。年一度の国際大会のほか、様々な会合を世界各地で開催し、会員同士のネットワーク構築とコンシェルジュのための勉強プログラムを行う。