普段当たり前と思っていることを疑うことは難しい。あまりにも当然すぎて、疑うことを思いつきすらしないからである。しかし、今信じていることはもしかしたら真実でないかもしれない。その事に気づくきっかけを与えてくれるのが、ミュージカル「ウィキッド」だ。   
 
 この作品の主人公は、「オズの魔法使い」に登場する西の悪い魔女エルファバである。我々が良く知っている「オズの魔法使い」の物語によると、ドロシーの家の下敷きになって亡くなった妹の復讐をするため、エルファバはドロシー一行を苦しめるも、最後は倒されてしまう、「悪い」魔女のはずである。しかし、「ウィキッド」では、エルファバを中心に描くことによって、今まで気付かなかった新たな視点を与えてくれる。

 「ウィキッド」を観に、電通劇団四季「海」に足を運んだ。ブロードウェイで現在も上演されており、日本では劇団四季によって6月から公演がスタートしたばかりだ。演じ手側にまだ初々しさが残る、爽やかなステージだった。

 第1幕はエルファバと、後に「善い」魔女と呼ばれることになるグリンダとの友情が芽生えていく、華やかで希望に満ちた場面が続く。しかし、終盤に向かうにつれ事実が明らかになっていき、2人は自分が信じる別々の道を歩み始める。どちらの道も正しく、どちらの道も正しくないのかもしれない。

 第2幕になると各々のエゴ、欲望、保身が垣間見える。「皆から愛されたい」。人は誰もがそう願う。特に生まれつき緑色の肌を持ち、父親にさえ疎まれていたエルファバは尚更そう願っていたはずである。しかし、その結果歪められた情報により彼女は「悪い」魔女となった。

 作品を通じて、完全な「悪人」は登場しない。誰かを「悪い」と決めつけそれを信じて疑わなければどれだけ楽だろうか。しかし、そうはできないやりきれなさが胸に迫る。

 また、エルファバを悪い魔女と信じて疑わないこの国の住人たちと自分の姿が不気味に重なり合う。
 この作品に恋愛の要素を入れたことにより、テーマへの焦点がぶれてしまったように感じる。しかし、その分エンターテイメント性が高くなり、多くの人に受け入れられやすくなった。ファンタジーではあるが、随所に現代社会への皮肉とも思える台詞が散りばめられており、大人も充分楽しめる。 

 「ウィキッド」を観て魔法にかかるか、それとも魔法から覚めるのか。それはあなた次第である。

(川上典子)