あなたは「伝」という漢字に何を想うだろうか。伝達、伝説、伝統…。来年7月に迎える500号を記念して、「伝」をテーマに社会で活躍されている慶應義塾と所縁のある人物に焦点をあてていく。初回は、映像の面白さをドラマ制作を通じて伝えてきた福澤克雄氏だ。
ドラマに生かす塾生時代
「やられたらやり返す。倍返しだ」。この名ゼリフを真似する塾生も多いのではないだろうか。大ヒットドラマとして社会現象となったTBS日曜劇場『半沢直樹』の演出を手掛ける福澤克雄氏。彼はただの塾員ではなく、福澤諭吉の玄孫だ。
「三田に行くたびにラーメン二郎に通っていた」と学生時代を振り返る福澤氏。大ヒットドラマ『半沢直樹』には「小ダブル」という二郎関連の言葉だけでなく、「ひようら」といった塾生にとってなじみ深い言葉が登場する。
こういった学生時代の思い出など、自身の経験や人間観察の結果をドラマ制作に生かしている。主人公である半沢をはじめ、仲間である同期たちも慶大卒という設定。ほかの銀行で働く友人が情報提供してくれるシーンでは、福澤氏の塾生時代の友人をモデルに、テンポよく展開するよう演出。ストーリーを明快にすると同時に、慶大の強いつながりと雰囲気を見事に表現した。また、ドラマでは自身の失敗を認めず、なかなか謝らない人物が多数登場するが、実在の人物をイメージして描いたため、リアリティが生まれ、視聴者の心をつかむ一因となっている。
ドラマの名ゼリフにちなみ、「倍返ししたいことは」と尋ねると、きっぱり「ない」と回答。 学生時代のラグビーの夏合宿以上につらかった思い出はなく、鍛えた体力で厳しいAD時代も乗り切った。当時はラグビーの練習が心底嫌になったが、ドラマは体力勝負。つらくても目標を見失わずに耐えられるため、今はラグビーの経験に感謝していると言う。
限られた時間に面白さを凝縮
福澤氏は今回のドラマ『半沢直樹』にははっきりとしたテーマを設定しなかった。例えば「愛」というようなテーマを設定すると、ドラマの途中にどんな中だるみがあっても、それさえしっかり描ければ良いと自分に逃げ道を作ってしまう。だから今回はただ単純に「面白い」「痛快」だけを目指した。どんなシーンも全身全霊をかけて描かなければならないため、クリエーターとしては難しい道であるが、挑戦したかったと語っている。視聴率が全てというシビアな世界ではあるが、視聴率を狙うと視聴者から意図を見透かされ、愛想を尽かされてしまう。料理が好きだという福澤氏は、ドラマ制作を料理に例え、「自分が出したいと思うものを精魂込めて送り出すしかない」と話した。
また、福澤氏は、同じ尺でも時間をより短く感じられるような伝え方を常に心がけている。4年前、本紙の取材時に語った映画監督の夢は、今も変わらない。ドラマの続編にあたる『ロスジェネの逆襲』は展開が速く、映画向けの作品。続編を期待する視聴者のためにもぜひ映画化したいと語った。
最後に、「これだと思った、それも一生続けられる仕事を見つけてほしい。好きで好きでたまらない仕事ならどんなつらいことでも我慢できるはず。その仕事にプライドを持って堂々と生きてほしい」と塾生にエールを送った。悔いのない学生生活を送った福澤氏ならではの、力強いメッセージである。
(岡庭佑華)