先月、塾員であるアラスカ写真家星野道夫氏を書物に基づいて紹介した。今回は妻である星野直子氏に話を伺った。
直子氏は現在星野道夫事務所で写真や著作の管理を行っており、春と夏にはアラスカの家に帰って、家の手入れをし、友人に会うなどして、自然の中で過ごせる時間を大切にしながら暮らしている。
道夫氏は「裏表がなくて、素朴で温かい人だった」と直子氏。自分を持っていながらも相手をそのまま受け入れる人で、友達が多かった。道夫氏の誰に対しても分け隔てない優しさは、家族皆仲が良かったことによるのではないかと語る。
結婚後、直子氏は道夫氏の撮影旅行に同行し、何週間も自然観察などして過ごした思い出があるという。没後に直子氏が道夫氏の足跡をたどる年譜の整理をしていると、直子氏が撮影に同行した年は特に花の写真が多いことに気付いた。それは花の好きな直子氏が早くアラスカに慣れることができるように、花の咲く場所を選んでくれていたという道夫氏のさりげない優しさだったのだろうと振り返っている。
二人は日本を離れたことで多くの日本の良さに気が付いた。例えば自然と共に暮らし、季節ごとのちょっとした行事を大切にする日本的な気持ちなどである。ものの見方は育った環境で決まると考えた二人。自分たちの息子には日本の文化に触れ、日本のことをよく理解できる人に育ってほしいと思ったそうだ。
道夫氏はアラスカで時代と共に変わっていく人と自然との関わりを見つめながら、同時に昔から変わらず、生きるためにカリブーや鯨を獲るエスキモーの姿をそばで見てきた。彼らはそれを余すところなく使い、頭の骨はもとあった海や森に返すという。そのことによって、過度な自然保護に走るのではなく、生きていくためのものを自然からいただいていることを感謝し、尊敬の念をもって自然と向き合っていたという。
また、厳しい自然の中で多くの死を見つめ、生かされていることは奇跡なのだという実感を強めた。命は無限ではなく、いつか終わりが来る。そう考えると逆にそのことを大切にしようと思えたと話す。
道夫氏は若い人に向けて、限られた時間の中で、自分が好きだということにめぐり会えたら、それを大切に育てていってほしいというメッセージを残している。
(佐藤万貴)