5月の上旬となれば日差しには強さが感じられ、つい先日まで就職活動のために忙しく各地を走り回っていた身からすれば苦痛である。自然と額にはうっすらと汗がにじむ。大型連休中とあって、横目に見る東芝の府中工場にほとんど人気は無い。普段は活気に満ちているのであろうが、大規模な工場がこうも静けさに満ちているとまるで旧東欧の工業都市を訪れたような感覚、と言ったら言い過ぎだろうか(5月の陽気とは対照的に私の財布には常に隙間風が吹いているような経済状態のため、海外に行った経験は無く勝手な想像に過ぎない。悪しからず)。
JR武蔵野線、北府中駅から徒歩で20分強。閑静な住宅街や、集積する病院群の近くに、トヨタ府中スポーツセンターがある。普段はJBL(日本バスケットボールリーグ)所属の強豪・トヨタ自動車アルバルクの練習場であるこの場所で、毎年大型連休の時期に開催されるのが大学バスケットボールのシーズン到来を告げる大会「京王電鉄杯」である。毎年慶大を始め、青学大、日大、法大、早大、明大、専修大、拓大、中央大、東大の10大学が参加して行われる。
慶大にとって今季は、捲土重来を期す大事なシーズンだ。昨季は秋のリーグ戦途中に前主将の加藤がまさかの骨折でチームを離脱。司令塔を失ったチームは1部最下位で入れ替え戦に臨み、阿部友和(現レラカムイ北海道)や竹野明倫(現bjリーグ・ライジング福岡)を最高学年に擁し充実期を迎えた大東文化大に1勝2敗で2部降格を喫した。インカレでは4年ぶりにベスト8入りを逃し、失意のままシーズンを終えた。
しかし、それでも慶大の未来は明るい状況にある。岩下達郎(2年・芝)、酒井祐典(2年・福岡大附大濠)というジュニア代表の経験者に加え、大学日本代表候補に選ばれた小林大祐(3年・福岡大附大濠)、高校3年次に出場したインターハイで得点王となった二ノ宮康平(2年・京北)などを抱えるからだ。今季はここに、二ノ宮の次代のインターハイ得点王である金子俊也(1年・春日部)、ジュニア代表経験のある原田拓弥(1年・岡崎城西)らが加わり、層がさらに厚くなっている。2004年のインカレ優勝以来のタイトルを求めるチームにあって、2部に何年も留まることは許されない。いずれやってくる「勝負の年」に勝つためという意味でも、今年は大事なシーズンなのである。
今回の京王電鉄杯で取材を行ったのは5月5日の青学大戦と、翌6日の中央大戦である。慶大同様激しいトランジションを持ち味とし、出場するどの選手もキーマンとなり外でも中でも高い得点感覚を発揮するのが青学大であるのに対し、中央大は竹内兄弟(兄・公輔:慶應大−現アイシン、弟・譲次:東海大−現日立)や石崎(東海大−現東芝)、菊地(日大−現東芝)などといった将来の日本を代表する選手の中に混じって去年のユニバーシアード日本代表(B代表)となったセンター小野龍猛の得点感覚とパスセンスを中心としてオフェンスを構築する。共にスタイルの異なる2つのチームとの対戦は、結果を先に言えば青学大とは引き分け(87−87)、中央大相手には敗れた(61−77)。2戦から見えてきたのは、慶應の個人能力の高さ、そしてシーズン序盤故のチームとしての弱さだった。
慶應の持ち味は堅いディフェンスからの速攻である。そのスタイルをはっきりと示すことが出来たのが青学大戦だった。岩下が、持ち前のリーチを活かしたブロックのみならず、去年は心もとなかったボックスアウトをきっちりとこなしてリバウンドを量産する。それでいて、岩下以外の選手のリバウンドへの意識も大いに見ることが出来た。身長180センチ台中盤から終盤の酒井、鈴木、小林が慶應らしい泥臭さをもってリバウンドへ飛び込む。3Qから4Qにかけてはここから何本もの速攻を決め、一時は去年の大学チャンピオンに11点差をつけた。
以前の慶大は、悪い意味で小林がオフェンスの中心となっていた。去年リーグ戦で小林が1人で47得点をマークしたにも関わらず敗れる試合があったが、これはまさにその「悪い意味」を象徴する出来事であった。ただ、昨季終盤に小林への依存からの脱却が見えていたオフェンスは、二ノ宮や新キャプテン鈴木(4年・仙台二)のドライブ、田上(3年・筑紫丘)のミドルシュートなどが随所に見られ、負担の分散化がより顕著になってきた。流れを呼び込むプレーはまだ小林の強烈な個性によってもたらされることが多いが、チームがそれに反応出来るようになり、流れが傾くと全員がオフェンスの意識を高めることが出来ているのだ。
一方で、チームとしてのプレーには課題が多かった。佐々木ヘッドコーチ(以下HC)は「まだセットオフェンスもゾーンアタックもしていない」と話す。鈴木は「(セットの時に)他人に頼っている」と口にした。慶應のスタイルは速攻であるが、それでも速攻ばかりでバスケットが出来るわけではない。この点は、今後修正されていくだろう。集中力の持続という点も、まだ修正していくべき課題だ。青学大との試合では、残り13秒で4点をリードしながら、3ショットのファールを与えたことと、オフェンスリバウンドをブザーとほぼ同時にタップされたことにより、最後の最後で追いつかれた。熱戦の翌日の中央大戦は、小野のプレーに終始圧倒された。 197センチの体でインサイドへ果敢にドライブして自ら決めてくる。そうはさせじと中で人数をかけて小野を囲うと、オープンになった外へボールを出され、軽々と3Pを沈められる。仮にディフェンスを頑張って速攻に出ても、中央大の戻りが早く一気にバスケットへと向かうことが出来ない。まだ準備の出来ていないセットオフェンスになってしまっては、当然得点は止まってしまう。「相手も疲れているんだから、それを乗り越えないと強くなれない。自分たちのペースではない時に結束できていない」と佐々木HCは不満を口にする。いい試合をするのにそれが続かない、あるいは勝ちきれないのは、まだ集中力や気持ちの面で弱さがある何よりの証明である。
ただ、まだ時間は充分あり、焦る段階ではない。「今年の目標は1部昇格。今のメンバーを1部でプレーさせてあげることです」。佐々木HCが「相当なキャプテンシーを持ってくれている」と話す鈴木はそう言った。課題についても「今日(6日・中央大戦)は気持ちの作り方が良くなかった」(佐々木HC)、「気持ちの問題で安定感に欠けた」(鈴木)と共通に認識出来ている。まずは5月末のトーナメント、6月初旬の早慶戦を通じ、チームプレーの向上を目指す。
大学で現在所属する新聞会に入ってこれまで3年間バスケットボール部を追ってきたが、今回初めて京王電鉄杯の取材を行った。大型連休中というせいもあるのだろうが、会場の観衆の多さには少し驚かされてしまった(と言っても、会場の狭さ故に感じたことかもしれないが……)。「スラムダンク」のブームが終焉し、バスケットボールの競技人口は緩やかに減少していると聞く。おまけに、日本のバスケットボール全体を統括する最高機関である日本バスケットボール協会の内紛により、代表チームや選手の強化がないがしろにされているのが現状だ。
だが、先に述べた中央大・小野がチームに参加したB代表は、去年夏にバンコクで行われたユニバーシアードで健闘し4位に入った。かつて慶大に所属した竹内公輔を筆頭とする「黄金世代」の台頭や、女子の話であるが、191センチ(未だに伸びているという)の現役高校生・渡嘉敷来夢(桜花学園高校2年)のA代表入りにも注目が集まっている。つまり、環境整備が整っていないにもかかわらず、競技レベルは決して低い状況であるとは言い切れない。まだこの国におけるバスケット競技そのものの盛り上がりのための余地は残されているのだ。
京王電鉄杯では、会場の受付で募金を行った観客に選手のサインがプレゼントされる。選手に求められるのは、まず自分達が様々な人に見られているということをしっかり認識することだ。そして、自分達がプレーのレベルにかかわらず−ほんの少しの程度ではあり、アプローチも様々だが−バスケットボールの盛り上げのために貢献しうる存在であることを意識しながらプレーすることである。選手達には今後も、今まで以上に質の高いプレーを発揮していってもらいたいと思う。
そして、私もバスケットボールの取材を行う最後の1年間を、記事を発信するという形でバスケット競技の発展を意識しながら活動していきたい。運動音痴の私にはプレーはままならないが、アプローチを変えればコミットメントは可能だ。
というわけで皆さん、今年度1年間何卒宜しくお願い致します。
(2008年5月28日更新)