日本を代表する劇団、文学座。その一員として、舞台、テレビ、CMなどで幅広く活躍する塾員がいる。
今井朋彦氏は、高校から慶應義塾に入り、ヨット部に所属。当時は演劇には全く興味がなかったという。大学では心理学を学びたいと考え、文学部を選んだ。入学後、様々なサークルに顔を出すうちに、演劇研究会に出会った。彼はそこで初めて舞台に立ち、芝居のおもしろさを知ることとなる。
1年生の終わりに、文学座附属演劇研究所の入所試験を受験した。きっかけは友人が手にしていた俳優養成所の案内。数ある劇団のうち、たまたま名前を知っていたのが文学座だった。
「受かりっこないだろう」という軽い気持ちでの挑戦だったにも関わらず、結果は合格。大学に通いながら、夜間は演技や芝居についての授業を受ける日々が始まった。
研究所では、1年間本科生として訓練を積み、選抜された者のみが2年制の研修科へと進む。研修科修了後、再び選抜があり、若干名が準座員になるという仕組みだ。
今井氏は入所後も、俳優になることを志していたわけではなかった。「選抜のたびに、通ることだけを考えて、もれたらそこで終わりだと思っていた。しかし、本科から研修科へ、研修科から準座員へと進んだとき、もう後には引けないなと思った」
研修科に進んでからは昼間も授業があり、「大学3、4年のときはほとんど学校に行けず、卒業単位もギリギリだった」と笑いながら振り返る。
初めて文学座の舞台を踏んだのは、入所2年目のことだった。周りの劇団員についていくのに必死な一方、力のある先輩達と共に芝居をすることで自分が高められていくのを実感した。
6年目、正式に座員になったのち、転機となった出来事がいくつかある。そのひとつが、出演者3人、公演時間3時間の芝居に出演した経験だ。「10ページ以上に渡る長ゼリフを前にして以来、セリフの量がどれだけあろうと怖くなくなった」と話す。
やがて、テレビや映画など映像の仕事も入ってくるようになった。「舞台と違い、映像の仕事はやり直しがきくように思われがちだが、本番に向けて気持ちを高めていく過程は同じ」と今井氏。プロとしての真摯な姿勢を窺わせた。
彼が演劇に惹かれる理由、俳優の醍醐味は稽古場での一瞬にある。「赤の他人と向かい合っているはずなのに、本物の距離感や親しさが生まれる瞬間が、俳優の特権的な楽しみ」だと話す。
また、観客を前にしたときのエネルギーも、彼が突き動かされる要因だ。「役者は観客に育てられるもの。本番、稽古場では無かった力が湧いてくる」と瞳を輝かせる。
俳優として年数を重ねるにつれ、自分の演技のあり方を次第につかんでくる。しかし、スタンスを定めすぎてしまっては開けてこない道があるという。
「仕事のオファーをくれるプロデューサーの目を信じ、流れに乗ることも必要。自分の知らない自分を引き出してもらえる状態にいること」。これが彼の理想の俳優像である。
「5年後、10年後の自分がどうなるか分からない楽しみがある」。彼の手にかかれば、柔軟性ゆえの不安定さも希望に変わってゆく。
最後に今井氏が塾生に向けた「目の前にあることに全力で取り組めば、自ずと道は開けてくる」という言葉は、彼の芝居に対するしなやかな姿勢に裏打ちされているように思えた。今後、どのような「今井朋彦」を見せてくれるのか、楽しみで仕方がない。
(田中詠美)
1967年8月20日生まれ。1990年慶應義塾大学文学部卒業。1987年同大学在学中に文学座研究所入所、舞台を中心にテレビ、映画などで活躍。おもなテレビ出演作に『HR』『新撰組!』『古畑任三郎SP』『風林火山』がある。2月28日より、パルコ・プロデュース『ストーン夫人のローマの春』に出演。